竹田和平さんの「日本一の個人投資家が教えるお金と福に好かれる原則」を読んで、これからの日本の家族のあり方について考えた

日本一の個人投資家が教えるお金と福に好かれる原則 「本」から学ぶ・考える

竹田和平さんは、超有名な大投資家です。
残念ながら2016年に逝去されましたが、かの有名な「タマゴボーロ」を作っている会社を創業された方です。

道成が以前購入した竹田和平さんの著書『日本一の個人投資家が教えるお金と福に好かれる「原則」』。
コロナ禍を機に投資に挑戦し始めた私も読んでみることにしました。

この本は具体的な投資の戦術の本ではなく、もっと根本的な考え方について書かれた本です。
投資というと、なんとなくお金お金でギスギスドロドロしたようなイメージを私は勝手に持っていたのですが、この本を読むと竹田和平さんはとっても温かい考え方をしていた方なんだな、と感じました。

この本の中で私が一番印象的に残ったのは、投資とは直接はあまり関係ないかもしれませんが、この本の最後の方に書かれている「大家族のすすめ」のくだりです。

私は以前からぼんやりと、ここ20~30年くらいの間で急激に核家族化が進んでいることにいろんな意味で「矛盾」を感じていました。

確かに夫婦とその子供だけという核家族は、気楽だし、自由だし、嫁姑などのストレスもなく、そういった意味ではいいと思います。
かく言う私も、主人と2人の核家族です。主人の親とも私の親とも同居してしていません。

ただ、待機児童や介護の問題は、つきつめればこの核家族化が大きな原因の1つだと思うんです。

私は子供の頃3世代同居の6人家族でした。
祖父母と、両親と、兄と私の6人です。
なので、3世代同居の苦労と言うかストレスは、実体験としてわかっているつもりです。
祖父母は寝るのが早いので、夜8時以降は大きな声を出してはいけないし、テレビの音量も小さくしなければいけない。
2階の自分の部屋に行く時も、1階に祖父母がいるので昼間でも階段や廊下は静かに歩かなければいけない。
家族旅行に行きたいと思っても、母親などは常に祖父母に気を使っていたので、例えば祖父母が行きたがらないような「スキー」なんかは、私は一度も連れて行ってもらったことはありませんでした。
まあ、これはそれぞれの家族によると思うので、3世代同居だからスキーに行けない、と言うことではありませんが、とにかく気を使うと言うことは間違いありません。

当時は私もそれが正直煩わしくて「核家族の方が気楽でいい」と思っていたし、私が結婚する時も、私の親も主人の親も同居の煩わしさを知っているだけに、同居反対派でした。
そして今現在、私の身内はみんな核家族です。

でも、これってやっぱり、人間にとって不自然な暮らし方ではないか、と最近特に思うようになりました。

うちは子供がいないので、私が子供の頃の生活を思い出しながらの話なのですが、例えばお父さんもお母さんも共働きで仕事に出てしまう家庭の場合、核家族ですと子供は学校から帰ったら子供だけで過ごさなければいけませんよね。
私が子供の頃はまだそういった家庭は少なくて、だいたいお母さんは専業主婦という家庭が多かったので、共働きの家庭の子供は「鍵っ子」なんて言われて特別な存在でした。鍵っ子、もう死語でしょうか(笑)

子供にとっては、学校から帰ってきたときに家に誰もいないと言うのは、やっぱり寂しいものです。
私が子供の頃も母がパートで働いている時期もあったのですが、家に祖父母がいて「おかえり」と言ってもらえるというだけで、なんとなく安心した記憶があります。
この
「ただいま」
「おかえり」
と言うような日常の挨拶をきちんと交わす、と言うことは、子供の精神的な安定や成長に結構影響すると思います。

また、子供がもっと小さいと、子供だけで家においておくわけにはいきませんので、共働きする場合はどうしてもどこかに子供を預ける必要がありますよね。
それで待機児童の問題が起こっているのだと思いますが、祖父母と同居していれば、孫の面倒はおじいちゃんおばあちゃんに頼めるので、単純にこの問題はかなりの部分解決すると思うんです。
そこにはまた、教育方針の違いなど別の問題も発生する可能性はありますが。。。

介護につきましては、正直同居していても問題はあります。
同居して在宅で介護をする場合、家族への負担がかなり大きくなります。
私の祖父も晩年認知症になり、母の負担はかなりのものでした。
父は仕事で忙しく、祖母も歳でしたし、兄と私も当時は中高生で学校の帰りが遅かったりするので、母に介護の負担が集中していたんですね。
同居しているとホッとする間もあまりなく、24時間の体制になってしまいます。

でも、人間は無事長生きできれば、誰でも老います。
人間は老いるとどうなるか、その時家族は何をすべきか、そういったことを子供ながらに見て経験することは、とても大切なことではないか、と思うんです。
そうすることで、お年寄りに対する優しい気持ちを育てることができたり、自分の親が老いた時にどう対応すればいいかがなんとなくわかったりするのではないでしょうか。何事も経験していないとわからないですからね。

介護の問題の根本にあるのは、単に別々に住んでいると言う表面的な問題ではなく、夫婦が共働きをしないと生活できないと言う経済的な問題だと私は思っています。

核家族だと、それぞれが住む家を確保する必要があります。
賃貸の場合もあれば購入する場合もあるでしょうが、住宅に関する出費が家計の支出の中では大きなウエイトを占めます。
一人一人の賃金が安いと言う問題もございますが、生活の糧を得るために夫婦で協力して働かないとやっていけない現実があります。

コロナ前、安倍首相は「一億総活躍時代」とかなんとか言って、できるだけ多くの人に仕事をさせようとしていましたが、子育てだって大事な大事な仕事です。
子供を育てる責任は、基本的には親にあります。
外で働かないと生活できないから他人に子供を預けないといけない、と言うのはどう考えても不自然です。
例えば核家族でも、両親のどちらかが子育てに専念しても生活できるほどの収入が得られるのが当たり前であればそこまでの問題はないかもしれませんが、現状1人の収入で家族を十分に養っていけるほど稼げている人はおそらく少数派だと思います。
そうすると子供が小さい頃からどこかに子供を預け、両親ともに働きに行かざるをえません。
外で仕事をすると言うことは、何かと自分の思い通りにならないこともありますから、決まった時間に子供迎えに行くことだけでも大変でしょうし、仕事でヘトヘトになった上に帰ってきてから家のこと、子供の世話など休むまもなく動かなければいけない。考えただけでストレスです。
ストレスを回避するために核家族でいるはずなのに、愛すべき子供の世話がストレスになってしまう。しかも他に頼れる人もなく、逃げ場がない。こんなに辛いことはないでしょう。

3世代同居であれば、核家族だと2つ必要だった家が1つですみます。
祖父母世代と父母世代にそれぞれかかっていた住宅費をまとめて1つの住宅にかけることができますので、当然負担は軽くなります。
収入源が増えますので、祖父母世代と父母世代が協力すれば、核家族よりも少し大きめの家や二世帯住宅に住むこともできるかもしれません。
もし両親が共働きをする場合でも、子供のそばには祖父母がいてくれれば、わざわざ他人に預ける必要もありません。
多少仕事で帰りが遅くなっても、それほど焦る必要もないですし、祖父母が家のことを手伝ってくれればその分負担も減りますよね。

私は核家族よりもこういった「祖父母世代が父母世代を手伝って協力する」と言う価値観が当たり前になった方が幸せではないか、と思います。
そうすれば、祖父母だって孤独になることはなく、祖父母が元気なときに助けてもらったと言う感謝の気持ちがあれば、祖父母が老いて介護が必要になった時も、家族みんなで前向きに協力できると思うんです。

もちろんそんなに単純で簡単なものではないことも承知しておりますが、少なくとも核家族が当たり前の価値観は、人間の幸せには繋がらないと思います。

なんだか本の本題とはそれてしまっているかもしれませんが、そんなことを改めて考えるきっかけをくれた本でした。

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